患者として人生に向き合う第9回 私がめざすもの
私は薬学部を卒業後、外資系製薬企業のMR(医薬品情報担当者)、調剤薬局の薬剤師、CSO(医薬品販売業務受託機関)の社員、経営者として一貫して医薬情報を扱う仕事に携わってきました。
我われのめざすところは「医薬情報を駆使して、いかに医師に薬を正しく使ってもらうか」なのですが、病気になってやっと「その先には患者さんがいるのだ」ということに気付き、強く意識できるようになりました。
そんなある日、オンコロジー領域で著名な医師が、「僕たちは、患者さんの病態や背景はもちろん、家族の支援の有無、経済的・社会的な背景、そして自身の病気や我われの説明をどの程度理解し、受け止めているのかもすべて考慮して治療戦略を立てている。
ガイドライン通りに治療できるのなら、僕たちはいらないよ」と仰るのを聞いて、「ああ、それはそうだなぁ」と目が覚める思いがしました。
治療の副作用の中で私が、最もつらいと感じたのは下痢でした。
昼夜を問わず何十回もトイレとベッドを行ったり来たりしなければならない下痢という副作用を軽く見てはいけません。
昨今、化学療法は外来で行うのが一般的です。先生方は下痢の副作用が予想される薬を用いるとき、「病院までの経路でどの駅のどこにトイレがあるか」「移動時間を考えるとどのタイミングで服用したらいいか」まで考えて情報を提供し、処方していると言います。
しかし、MRが「この薬は下痢が起こります」という情報しか伝えられないとすれば、それこそ「そんなMRはいらない」わけです。
欧米ではすでにMRの数が半減しており、日本でも、それは避けられないでしょう。
生き残れるのは、チーム医療の一員として医薬品の適正使用の一翼を担っているのだという自覚を持ち、自分たちが提供する情報の先にある患者さんのつらさを理解し、その背景を知ることによって、「それならばこのような使い方ができるのでは?」と、医師の抱える課題解決に有用な、深みのある情報が伝えられる人材なのではないでしょうか。
幾多の山を乗り越え、私がここにいるのは、神様に「やり残したことがあるだろうから、お前生きろよ。もう少し生きろよ」と言われているのだと受け止めています。
病気になってから新たに始めたことがあります。
マラソンです。
17年12月には地元で開催されたシティマラソン5キロに挑戦し、練習の甲斐あって制限時間内に無事ゴールすることができました。
次に挑むのは10キロマラソンです。
患者会のメンバーのなかにはフルマラソンを走っている強者もいます。
その人から、東京マラソンには臓器移植や骨髄移植の経験者が対象の「移植者応募枠」があると聞き、来年はチャンスをうかがいます。
がんの告知、治療中、そして社会復帰を果たしてここに至るまでの間に、私は本当にたくさんの方々に助けられ、励まされ、支えられてきました。
家族、学生時代からの友人、社会人になってからの仲間や先輩、部下、クライアントを含む仕事関係の方々、そして献身的に治療・看護にあたってくださった医師や看護師、薬剤師の皆さん......。数え上げればきりがありません。
人は誰もが、人と人とのつながりのなかで生きています。
そうしたことを強く感じています。
この病気にならなければ気付けなかったことかもしれません。
私は18年4月1日、ACメディカルの社長に就任しました。
ACメディカルは、「患者さんの健康と幸せに貢献する」を企業理念に掲げ、社員一人ひとりが誠心誠意その実践に取り組んでいきます。
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